SEA-CLEAR、本格始動します。
SEA-CLEAR Conferenceは小山が主となるものではありません。
SEA-CLEAR Conferenceの主役は【あなた自身】です。
あなたのお話を、聞かせてください。 


6月11日(土)11;30~21:30、SEA-CLEAR Conferenceを開催します。
場所は高田馬場にある10°CAFEです。とってもお洒落なお店なんですよ。
〈10°CAFEの様子〉
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10°CAFE様子
wi-fi、電源も完備。メニューも豊富です。

《イベントページはこちら》
SEA-CLEAR Conference


SEA-CLEAR Conferenceに少し記載させていただいていますが、相談内容はどんなものでも構いません。

①傾聴
②受容
③承認

これがSEA-CLEARスタイルです。

近所に住んでる猫がうるさいとか、実は同じクラスに好きな人がいるとか、食べ物の好き嫌いが激しいから直したいとか、ささいなことでも何でもいいです。

それを4つの台詞で示しています。

「ちょっと!!聞いてくださいよ!!」
「ちょっと聞いてくださいよ~!」
「ちょっと、聞いてもらえますか?」
「ちょっと……聞いてほしいんです……」

言っている台詞は殆ど一緒です。しかし、それぞれ重みや背景は違います。
下にいけばいくほど、深刻な感じや恥ずかしそうな感じのイメージを受けると思っています。

随分前(本当に2015年の秋頃)に、相談事業を始めてみようかどうか悩んでいると師事しているおなかま店主の田頭和みさん含め、その他メンバーに相談したことがあります。
〈おなかまの様子〉
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〈店主の田頭和みさん〉
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色々アドバイスを受けた結果、当団体のビジョンやミッション、併せて自分の気持ちがブレブレだったため、そのときは止めておきました。

しかし、今回においてはちゃんと必要性を感じて行動を起こしています。

「相談に乗ってくれる友達って結構いるものだし、聞き上手な人もたくさんいる」
「ただ単に相談に乗ってくれるってことに、そこまで需要ってあるのかな」


あのときのアドバイスはしっかり覚えています。
これを否定する気は一切ありません。
それも事実としてしっかりと存在しているからです。

ただ。

相談することもできず、声をあげることすらできず苦しんでいる方や悩み、傷つき続けている方がいらっしゃると確信しています。中には、亡くなってしまう方もいらっしゃるでしょう。

なぜならば、僕自身がそうだったからです。

今でこそ友達や恩師に色々相談したり、辛かったり苦しくてどうしようもないときはSOSを出して、そのSOSに反応してくれる人にありがたく恵まれたからこそどうにかなっています。

しかし、僕の周りからもし大切な人達がいなくなったら、僕はすぐさま死んでしまうでしょう。

事実、これは別途書ければと思いますが、父親から数日前、

「出ていけ。今まで貸した金は香典としてくれてやるよ。お前は死んだとみなす。戸籍謄本からも登録住所からも抹消する。ホームレスだ。」

と吐き捨てられて2度目の勘当宣告をされた後は、毎日死んでしまうのではないかと感じていました。

もちろん家に帰ってきても落ち着くはずがなく、動悸は止まらず、息苦しさが襲い出し、心臓が押し潰される寸前でした。急性ストレス障害に陥ったんです。
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夕方1錠で済むはずのアナフラニールを朝・昼・晩に1錠ずつ服用し、体に良くないとわかっていながらもビールを飲んで心臓の圧迫感をごまかしました。ただ酔いが覚めると、即座に不安感と焦燥感に駆られ出します。

食事も喉を通らなくなり出し、梅干しをすがるように食べ、またアナフラニールとビールで不安感をごまかす。
当然のごとく胃腸がおかしくなり、ほぼ毎日酷い下痢に襲われました。
アナフラニール
凄まじく不思議なのは、あれだけの台詞を吐き捨ててきた当人がケロッとしてることです。
論理と感情は別物と考えているらしく、言ってもその場限りのことだと思っているようです。
かつ、母親も「風邪でも引いたの?」と言ってきます。どうしてそんな言葉が出てくるのかが不思議です。

あまり書くと話が脱線するのでこの辺りにしておきますが、このときに救ってくれたのが周りにいた友達でした。

ある友達は食事に誘ってくれて。
ある友達は真摯に受け答えしてくれて。
ある友達はじっくり話を聞いて感情を吐露させてくれました。 

これがもし鬱を発症した24歳のときに出くわしていたら、ほぼ100%の確率で死んでいたと思います。
当時の僕は相談もできず、SOSも周りに出せませんでした。

人に救われて、人を大切にするようになって。
少しずつですけどSOSを出したり、相談ができるようになったんです。
そのあいだに人が離れてしまったり、怒らせてしまったり、色々ありましたけどね。
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今の日本は義務教育や企業問わず、否定社会だと僕は思っています。
かつ、海外などのデータを調査した訳ではないですが、日本ほど相談しづらい国はないんじゃないかとも思っています。

友達に相談できないのはなぜか。
後輩に相談できないのはなぜか。
先輩に相談できないのはなぜか。
家族に相談できないのはなぜか。
担任に相談できないのはなぜか。
専門家に相談できないのはなぜか。

専門家に相談できないのはハードルが高い、お金がかかる、予約が取れない、電話が繋がらないなど、様々な原因が絡んできています。

しかし、予約が取れない、電話が繋がらないなどの事実も日本が相談不能大国であることを立証しています。
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相談して自分を押し殺すことなく表現でき、自己開示できていれば、専門家の力を借りなくても乗り越えられる場合が多いからです。

だいいち相談して解決していれば、専門家は必要ないはずです。
極論を言えば、専門家が必要ない社会が理想的です。

医者は人を病気にする(病気にさせられる)とよく言われますが、その背景にあるのは社会や人間関係構築の難しさです。医者に焦点を当てても、問題は解決しないです。本人の素質と環境が大きく関わっているので。

しかし、友達・後輩・先輩・家族・担任に相談できない理由は何か。

僕はシンプルだと思っています。

否定や非難、誹謗中傷、比較、応酬、アドバイスが恐いんです。
相談して、何か言われたり、思われたりすることが恐いんです。
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「こう思われたらどうしよう」
「こう言われたらどうしよう」
「そんな言葉求めてなかった」
「そんな行動求めてなかった」
「そんな指示されたくない」
「言う通りにしなければいけないのだろうか」
「その通りにしなければならないのだろうか」

相談した人間からは、たくさんの考えや思いが頭を過ぎります。

しかし、相談された人間は大抵の場合、思います。

「じゃあなんで相談してくるの?」
「だったら相談してくるなよ!」
「じゃあ勝手にすれば!」

相談された側からすれば、一生懸命解決しようとしたり、アドバイスしたり、手を差し伸べようとしているのに、そうじゃないと全否定されたような感覚になるからです。

じゃあ今までアドバイスしてきたことはなんだったの?
なんでこっちが否定されなきゃいけないわけ?
人が一生懸命考えてるのに、それを無視したり、むげにあつかうわけ?

「はっ?」「へっ?」「えっ?」
「なにどういうこと?」
「意味がわからない」
「訳がわからない」
「理解不能だ」

そんな表現になってくるかと思います。
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実際に僕も何回言われたか数えきれないです。
親からも職場からも言われた経験が何度もあります。
僕の場合は「意味がわからない」がすごくショックです。

そうすると、相談した人間は傷つき、さらに相談できなくなります。
それは不思議な事に何度も繰り返されます。
そのたびに傷ついて。どんどんどんどん相談できなくなって。
いつしか自分の中にため込み出し、強い自己否定感と自己嫌悪に襲われ始めます。

自分はダメな人間なんだ。
何の価値もない存在なんだ。
生きていても仕方ない。
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ここまでくると、最悪のパターンが起こってもおかしくないです。

負の連鎖と悪循環はこのように起こっていきます。

また、こんな場合もあると思っています。

【〇〇】には相談できない。
【〇〇】とは相談できない。
【〇〇】だからこそ相談できない。

〇〇には、『友達』や『家族』など、色々な単語が入ります。

相談する内容が重ければ重い程、人は抱え込んでいきます。

例えば「留学したいんだけど家にお金が無いのはわかっているし…家族には相談できない」とか。

人の生死に関わってくればもっと相談しづらくなります。
ゆえに凄まじいレベルとスピードで抱え込んでいきます。
もしその人が相談できないままでいたら、どうなるでしょうか。
ずっと抱え込んだままでいなければならないのでしょうか。

それがもたらす時間と日常は、あまりにも残酷です。
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だからこそ、どんなことでも相談ができる[ばしょ(人・場所両方含む)]が必要だと説いています。
個別相談に必要性を感じている理由です。

しかし、僕は「ずっとあなたの[ばしょ]になります」と言っている訳ではありません。
「僕を練習場所にしてください」と言っています。

僕を使用して、自分が

①何を感じ
②何を思い
③何をしたいのか
④何をやりたいのか

を表現したり、伝えたり、話す練習をしてみてくださいと言っています。

それに合わせて、僕は

①傾聴
②受容
③承認

で相談をお受けします、話を聞きますとお伝えしています。
アドバイスのご希望があれば、僕の経験・体験・知識などから誠心誠意お答えします。
必要に応じて、専門家やコミュニティスペースもご紹介します。
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もちろん目指しているところはあります。

目指す姿は、僕を練習場所にしているあいだ、他に相談できる人や場所を見つけて、いずれ僕を使った練習場所が不要になることです。

ただし、辛くなったり苦しくなったときに戻る場所がないのは非常に酷です。

なので、どうしても辛くなったら戻ってきても構いませんというスタイルで臨みます。
F1で例えるならば「ピットイン」です。そこで自分を見つめ直し、整えてもらえればと思っています。
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相談できない、もしくはSOSが出せない人がいるのは事実です。

「どうして相談しなかったの?」
「どうして相談できなかったの?」


この台詞ほど心をズタズタに切り裂くものはありません。
相談していいのなら、相談できていたのなら、誰だって最初からしています。
それができないから苦しんだり、悩んだり、酷く傷つき続けたりするのです。

もし、「聞いてくださいよ~!」と話してみたいことがあるのなら。
もし、いますぐにでも「ちょっと!」と話したいことがあるのなら。
もし、「あのー、ちょっと、」と話してみたいことがあるのなら

もし、抱え込んでいることがあるのなら。
もし、聞いてほしいことがあるのなら。
もし、相談できずに困っていることがあるのなら。

自分を受け入れてくれる[ばしょ]を求めているのなら。
自分を受け止めてくれる[ばしょ]を求めているのなら。


どんなことでもいい。
どんなことでもいいです。

気軽に、気楽に、気負わずに。
10°CAFEに来てみてください。
あなたのお話、お聞きします。

自分のために生きよう
~『生きる』を全肯定する~
任意団体SEA-CLEAR代表
小山祐介(コヤ)
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